国策通信社「同盟」の興亡 通信記者と戦争

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以前、真珠湾攻撃時に祖父が同盟通信社の通信員、特派員としてホノルルから第一報を発したのでは?という情報を鳥居 英晴様から教えて頂きました。

情けないことに浅海はまったくそのことを知らず・・・・。いろいろ貴重な情報を鳥居様から頂きました。本当に感謝しております。

その鳥居様の同盟通信社に関する著作が刊行されております。拝読させていただきます。

祖父は日布時事の編集者、同盟通信そして国民新聞の特派員といろいろな顔をもっておりました。浅海青波という歌人の顔も・・。
以前、神戸大学の新聞記事文庫をご紹介しましたが、そこに新たに浅海庄一の記事が追加されておりました。
特置員は特派員の誤植と思い込んでいましたが、どうやら正式な呼称だったようですね。ここでも「特置員」となっています。
記事のタイトルはexternal-link-16排日米紙に珍傾向 日支問題を正視す 満洲を日本管轄下におくは当然であると主張」。
このタイトル、すこしアレンジすれば現在の新聞や週刊誌、インターネットのニュースサイトやブログの記事タイトルになっていても違和感ないかも・・・。祖父の当時の立ち位置というか、それを求めていた当時の世相も感じられるような気がします。

記事中にあるハースト系の新聞はマッシー事件でハワイ側を偏見をもって報道した新聞の代表でもありますね。

追記

アーサー・ブリスベーンで検索すると面白いことに気が付きました。彼の記事は盛んに紹介されていたように思われます。
同じ新聞記事文庫にて、「アーサー・ブリスベーン」をキーワードに検索してみてください。
また同様の記事が、昭和9年の「国際パンフレツト通信第703号」に掲載されていたようです。
external-link-16国際パンフレツト通信第703号  「背水の日本」 ハースト系諸新聞所載アーサー・ブリスベーン

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