「UNWRITTEN LITERATURE OF HAWAII-The Sacred Songs of the Hula」にリトライ<ハワイ塾を受講して>

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いつも本を買うときは、もちろん読むつもりなのですが、実際に手にすると敷居が高かったりでそのままになったりすることが多いです。気が付いたら本棚にはそういった「積読」の本達が山のように・・・。

いつかは読む、と思いつつ年齢を重ねるとだんだんそれも怪しくなってきて。

その中の一冊、「UNWRITTEN LITERATURE OF HAWAII-The Sacred Songs of the Hula」は著者のナサニエル・エマーソンが宣教師の子孫でやはりハワイ文化の研究家、守り手の一人であったこと、本書の名前がハワイ文化に触れた書で頻繁に言及されていたことから、手にしておきたいとリプリント版を購入していました。

しかしながら自分の英語力もあってあえなく積読の一冊に。先ごろ本棚の整理をしていて、ああこの本もまたもう一度トライしなければと。

そういった時に近藤純夫さんが講師を務められる「ハワイ塾」でこのエマーソンの本をベースに「フラ・アーラアピア」、「ホレ・ワイメア」の講義をなさるとの案内を目にし、その切っ掛けにと受講致しました。

「ハワイ塾」サイト

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改めて認識したのが、口承のフラを一冊の本、英語で学ぶということの難しさ。エマーソンが英語で置き換えている、例えば「雨」は日本人の思う「雨」とは違うだろうし、ハワイ語での「雨」も島々毎にイメージされるそれは異なるかもしれない。だからエマーソンの英訳も参考にはなるが、基本的にはやはりハワイ語、それも地域と時代がしっかり考証された辞書、文献、研究者から学ぶべきだろうということ。(この原著もなにしろ1909年のもの。最新の研究が反映されていない)

「雨」と同様悩ましいのは楽器や武器等の知識が欲しいところ。単語を見てもイメージが浮かばない。これは全てにいえることだけどフラを学んでいる人はそれだけこの世界に入りやすいですよね。「Hole Waimea」というメレでは「槍」が出てきますが、自分が頭に浮かべるのはやはり日本の時代劇に出てくる槍。しかし、近藤さんはビショップ博物館等で展示されている槍などを思い起こすようにと。ええっと。

近藤さんがここで「LUA」という書を挙げて下さったので、やっとイメージが浮かんでくる。

「LUA」というのはハワイの古式武器、武術をテーマにしたBISHOP MUSEUM PRESSの本(2006)。豊富な図版に惹かれて購入していたことを思い出しました。

帰宅してからこれも埃を被った「LUA」を引っ張りだしました。

めくっていくと荒々しい豚のイラスト(P.42)にも出くわす。今回の講義でも「豚の頭」は出てきたが本来このようなイメージがあったのだな。なにかしら今持っているイメージが邪魔をするんです。

「雨」一つでもそうであるように「森」もその土地土地で違う顔を見せるので、やはりその土地の自然に分け入って体験しないと実際の心は理解出来ないな、と何年も前に感じたことを再度認識。この「ホレ・ワイメア」も自然の厳しさを歌いながらそこから与えられるものを歌っていると感じましたがそれも実際にその場に立たないと理解出来ないとも感じます。

「カオナ」という隠れた意味にたどり着く以前に立ちふさがる壁の大きさ。でも、もう一度トライする切っ掛けをもらった気がします。

講義を振り返って、ふと思ったこと。この「Hole Waimea」の歌。カメハメハ二世の時代からのメレという。二世はイギリスで亡くなっている。当時のハワイの人々は欧米のことをどのように認識していたのだろう。時代を下ってカラカウアの時代はイオラニ宮殿があるので、日本の明治時代初期に近いものがあるだろうと想像するが、カメハメハ二世、三世の時代、庶民は欧米をどのように認識していたのだろうか。イギリスにおけるカメハメハ二世の死をどのように認識していたのだろう、そんな疑問も頭に浮かんできたのでした。

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