オフィーリア

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今日もへとへどに疲れましたがウォーキングではありません。

久しぶりに渋谷BUNKAMURAに行ってきました。最近行ったのはタワーレコードくらいでしたから、センター街の変わりようにびっくり。東急百貨店に行くまで迷ってしまった。

目的は「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」。一時期ビクトリア朝時代のイギリスに興味があって(今もそうだけど)、そのなかで当然ラファエル前派の画家たちにも・・。中で一番好きな絵はと言われると、ミレイの「オフィーリア」と答えます。

もちろん、見たのは本やテレビでのこと。いつか実物をと思っていた。いつかテート・ギャラリー(ザ・テート)に行こうと思っていました。

でも、何故ここまで惹かれるのだろう。だって、題材は死体、いや、まだ死んでいなくとも正気を失った不幸な女性です。この絵が好き、だなんて、ちょっと大きな声では言いにくい。夏目漱石は「草枕」のなかで「風流な土左衛門」と書いたとか。

不幸ないきさつであるにしても、正気という障壁を乗り越えて常人には行きえぬ世界にいるオフィーリアにあこがれるのか、それを自然と草花の精密描写、オフィーリアの恍惚とした表情に描いたミレイの業にはまったか。

実際の「オフィーリア」、印刷物では上半身をアップにしたものが多かったせいか、記憶には花が多く残っていたのですが、全体からすると実際に描きこまれている花はわずかなんですね。でも、それがオフィーリアの顔、上半身に効果的に配置されて印象的。

さすがに混んでいて自分のペースで見学できなかったのもこの疲労感につながっているのかもしれませんが。でも、念願の絵と彼の諸作品を見ることができて満足でした。彼の絵は魅力的ですが、写実的な絵はそのリアルさがかえって真実を隠してしまう危うさを持つ。魅力のなかのどこまでが商業的成功を意識したものかを判断するのが難しいな、などを思った一日でした。

ミュージアム・ショップでは「オフィーリア」を配したマグカップ、マウスパッドまで売っていました。いくら無神経な僕でもオフィーリアの顔にマウスを這わせることはできないなあ、と思った僕でした。

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