Henry Juddの旅

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Henry Juddさんの記事を続けます。

ちゃんと読めばもっと面白い情報を彼の回想禄から引き出せるのでしょうが、判りそうなところだけ読むという僕の姿勢では取りこぼしが多いです。もっと詳しく触れなければいけないのだけど、いつまで経っても本書から抜け出せそうにありません。

Henry Juddはもちろんハワイの各島に足を延ばしています。今まで書いてきたように家族の関係からクック家をはじめとして、ロビンソン一家、ゲイ一家など、彼のハワイ文化に影響を与えたであろう人々との出会いも興味深いところです。彼らの一家の大半が牧場を経営していて、そこに多くのハワイ人たちが働いていたのです。たとえばゲイ一家のひとり、フランシス・ゲイ(Francis Gay)はハワイ語の知識はなみなみならないものがあって、キャンプおいて自作?のハワイ語の唄を歌ったりします。

本書はロビンソン一家、ゲイ一家のことを読者が知っていることを前提に書かれているので、予備知識が無いとついていくのが大変です。僕はすぐに挫折しましたが。ロビンソン一家は有名ですけど、やはりインターネットでシンクレア家、ゲイ家との関係を頭に入れておかないとなかなかつらいものがあります。たとえばKnudsen TrustのサイトKeith Robinsonについてあらかじめ知っておかないと、あるいは合わせて調べていかないと人名だけでこんらががってしまいますし、彼らに共通すると思われるハワイ文化に対する思いをくみ取りそこねそうです。

Henry Juddは本書の締めくくりに、特記すべきこととして1950年のニイハウ島での経験を充てています。彼はニイハウ・ランチのAylmer Robinsonの依頼でハワイ大学とビショップ博物館のハワイ語辞書編纂のプロジェクトに関わることになります。Sam Elbertとともに約20名のハワイ人の古老と面会、ハワイ語やその発音、伝説といった情報の収集にあたっていました。その間、真珠湾攻撃中に日本人パイロットと移民が悲劇的な運命をたどった地も訪れています。

彼はロビンソン一家の管理のもと「映画館も、劇場も、酒場も警察も牢屋もなく」平和に保たれているニイハウ島の様子に強い郷愁を感じるとともに一種の理想郷を観たようです(Christian civilizationという言葉をつけているのが気になりますけど)。彼はカウボーイのひとりに尋ねます。「住むところを選べたらオアフ、カウアイ、ニイハウのどこを選ぶか」といったような質問をします。彼は答えます。「ほかのどんなところよりもニイハウを選ぶね。」

彼はまたハワイ以外の南洋にも出かけています。ニュージーランドには少年じだいから興味があったようですが、ハワイ大学の教授となってからは特にポリネシア諸語の研究にニュージーランド、ラロトンガ、タヒチに至る旅を行っています。この旅についてはいつかまた別の機会に。

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