横浜海外移住資料館のことなど

アマゾンからお勧め商品として日本海軍潜水母艦 長鯨のプラモデルが紹介されました。確かにアマゾンを含めいろいろ検索しまくったのは確かですが。まさかプラモデルがお勧めされるとは。ふふふ。

実はその後、祖父の模型を送って下さった方から追加情報を。その方は同じ時代のものと思われる模型をもう一つ持っておられてその画像を下さったのです。その模型にはプレートがついていて、艦名が霧島であること、呉鎮守府の認可済みであり、発売元が大阪梅田の阪急百貨店であることが示されていました!。
百貨店で売っていた!。うーん、そういうこともあったのでしょうね。モデルの雰囲気もスケールも祖父に送られたものに似ているそうです。
当時は認可のもと模型が製造販売されていたんですね。全く知りませんでした。ううう。
祖父に付いてはもうひと段落つけようと思っていたのですが、潮音詩社について詳細な研究を拝読し有難く。ここにリンクさせてください。本当はもっと自分が知って居るべきなのですが。
以下は横浜海外移住資料館の研究紀要7へのリンクです。
当時の邦字新聞、文芸誌などを詳細に当たらないと出来ないお仕事で大変に有難いことです。
別に参照できる「資料館だより」も興味深い内容です。
実はこの資料館には一回いったキリで。近いのですからもっと足を運ばねば、と反省を。

4件のコメント

  1. よろしくお願いいたします。
    最近、コメントをいただきました鈴木啓様にも浅海吾市が重要な役割を果たした一文を頂戴しています。文学愛好者としての浅海吾市という人物についてまた後日送らせて下さい。

  2. ありがとうございます。
    こちらこそ感激いたしました。
    無理を申し上げるつもりはございませんので、お時間がございましたら、ご連絡いただけると幸甚です(あまりご迷惑になっては申し訳ございませんので)。
    よろしくお願い致します。

  3. 河村様、コメントをありがとうございます。本当に感激をいたしました。
    私自身、大変不勉強で自分のルーツについてあまりにも無知でお恥ずかしいしだいです。それでも記事をいくつか入手しておりますので、すでにご存知のことが多いかと思いますが、ご連絡させていただければ幸いです。
    思うに祖父以上に情熱的な人物であったか、と思います。この上記の研究紀要に「苦学生」であった由の記述がありますが、まさにそのもののエピソードも聞いております。
    じつはこの記事をきっかけに戯れに昔のハワイの英語の新聞を調べたところ、祖父のことよりも浅海吾市に関する記事が多くヒットすることに驚きました。なにしろ、(私の勘違いでなければ)高校卒業の時のことなどが短いですが記事になっているのです。
    資料を収めているPCなどに触れる機会が次の週末までありませんので、それが出来次第、別途ご連絡させてください。
    また、いろいろご教示いただければ幸いです。

  4. 突然のコメントで恐縮です。
    浅海吾市氏のことを調べていて、貴方のサイトに遭遇しました。
    私はおそらく貴方の遠い親戚筋にあたる者です。
    残念ながら私は浅海姓ではありませんが(河村と申します)、私の曾祖母が浅海の生まれで浅海フサと言い、吾市氏とは「おば⇔甥」の関係であると聞いています。貴方の祖父でいらっしゃる庄一氏とも同様の関係ということになりますね。
    私は、自身のルーツや血縁関係を調べることが趣味のひとつですので、かなり遠い関係とは言え、血縁関係があると思しき貴方のこのようなサイトに巡り会えたことをとても喜んでおり、興味深く拝見させていただきました(更新を楽しみにしています)。
    一方、私はフサの生まれである浅海の関係についてはあまり情報を持っておらず、もし、貴方がご先祖様について何らかの情報をお持ちであれば、ご教示いただけると大変嬉しく思います。
    もちろんプライバシーに関わるお話ですし、見ず知らずの者から突然このようなことを尋ねられても困惑されることと推察いたしますので、差し支えなければとのご理解で結構でございます。
    もし、貴方のご存知なことを話してくださるということであれば、一度メールを頂戴できると幸いです(無理をしていただく必要は全くございません。差し支えがございましたら、無視していただいても結構です)。
    いきなりこのようなお願いをさせていただく失礼をどうぞご容赦ください。

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