浅海駅

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今は岡山に居ます。今日の書き込みはハワイとはまったく関係無しです。

「浅海のルーツかもかも」シリーズで愛媛県の浅海(あさなみ)駅に寄った後、水軍に縁のある大三島の大山祇神社へ。いや、もう大きすぎて神々しいというよりは立派な観光地という印象で。

九州大学に有る浅海文書で三島大社におまいりする際の旅日記があるらしいのですが(難しくて読めない)、この大山祇神社のことと思い来てみたのです。(でも、愛媛県内には、やはりこの三島宮からの三島社が数多くあって、そちらのほうかもしれません)

浅海駅は思ったよりも家が多く(ごめんなさい)、蜜柑畑だけという印象はまったく違いました。多くの家に歴史を感じました。土地の方に土地によって「あさうみ」という読みもあったとお聞きしました。姓で言えば山口県でも地域によって浅海という姓でも「あさのうみ」とか「あさなみ」とかいろいろ分かれていたと聞きましたね。(平郡島では「アサミ」と読んでいることは確か。また、お墓に使われている家紋は河野家と同じく大山祇神社の神紋、「三」の字でした。)

神社といえば面白いことが。浅海駅近くの葛城神社、浅海太郎頼季が社殿を建立したとあり、足を運びました。社殿の中ではなく手前の、なんというのでしょうか、屋根の棟の部分に歌人らしき絵が掲げてあるんですよ。左右14枚ずつ計28枚。百人一首の絵札を思い浮かべて頂ければと思います。神社にこのようなものが有るのは珍しくないのでしょうか。

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というのは平郡島東にある早田八幡宮、海童神社にも同じように歌人の絵が掲げてあったんです。どれくらい古いものなのか、不明。もちろん100枚も掲げてあるわけでないので、一緒に観て頂いた土地の方は三十六歌仙ではないかと・・・。和歌を好きな土地の方が奉納したのではないかと。字が読みにくくなっていたのでなんとも判断出来かねるのですが。後で写真をじっくり吟味してみます。

大山祇神社には武人からの連歌が多く奉納されていると聞きます。なにやら荒っぽい印象の多い「水軍」ですが、これと関係あれば面白いのですが・・・。(ただ、印象ではそれよりずっと時代が新しいように見えます)

さて、明日はただ帰るのみ・・・。岡山に思い入れないためノープランです。明日、起きてから考えましょう。

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