誠心 中山正善
先日、ベーブ・ルースのサインをご紹介しましたが、同じサイン帖には1933年に訪れた文化人、日布時事の同僚の記帳があります。そのうち、柳宗悦、藤原義江が同じ1933年6月23日付で、この中山正善も同日に記帳したものでしょう。どのサインも丁寧にされており、走り書きではありません。推測ですが、三名を中心とした歓迎晩さん会で記帳を得たのかもしれません。
邦字新聞データベースを確認しますと、秩父丸に同乗してこの三名が1933年6月22日午後3時に来布していました。他にも知名船客が多数乗船しており、「珍客満載の秩父丸」と報じられています。
https://hojishinbun.hoover.org/ja/newspapers/tnj19330623-02.1.3
紙面を見て判りますが、扱いの大きさは中山管長、藤原義江、柳宗悦の順。当時から天理教が多数の信者を擁していたことが判ります。

飯田照明著「ハワイ伝道の曙‐上野作次郎と津志」(道友社1984年)にはこのようにあります。(p.67)
真柱がハワイに来られるというというニュースはハワイの教信徒に大きな歓びとなって、電撃のように伝わった。(中略)
二代真柱ご一行は、信徒や他宗の代表者多数の歓迎をうけてホノルルに上陸された。信者たちは、岸壁にずらりと並び、小旗を手にして一行を迎えた。
約一週間のハワイ滞在中、一行はハワイ島、マウイ島などを精力的に布教。
本書では中山正善の著書「アメリカ百日記」からハワイの印象を引用しています。(p.71)
『・・・ハワイは実に印象の強かった土地である。
私はハワイに対して言い知れぬ親しみを感じ、彼らから想像もつかぬほど強い力を与えられたのである。そして短すぎた旅程を後悔せずには居られなかった。』
二代真柱はこうしてハワイをこよなく愛し、なつかしまれ、その後も多忙な教務の中を前後七回巡教されている。
この投稿をきっかけに早田一郎著「天理教伝道史の諸相」(天理大学)も参照しました。
また、最近刊行された永岡祟著「民衆宗教―帝国日本の信仰とナショナリズム」も手にしました。(第七章帝国主義との公錯―1900~20 年代(3))
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2026/09/102927.html