青山墓地訪問

ここ数年、9月10日に青山霊園を訪問することが私の決まり事になっています。

9月10日は敬愛するギルバート・ボールズさんの命日です。亡くなったのはホノルルなのですが。ボールズさんは戦前、戦後を通じ日本の立場の代弁者でした。戦時中アメリカのキリスト友会は抑留された日系人家族の援助を行いましたが、これはボールズ夫妻の存在もきっかけの一つでした。戦後、沖縄への食糧援助(豚の輸送計画もそのスキームに乗っていたそうです)、そして日本へのララ物資にも関わっていました。

眠る普連土学園の区画は少しわかりにくいので日本の外科技術の指導者スクリバのお墓を目印にするのが良いでしょう。スクリバさんについては霊園のパンフレット「外人墓地編」に紹介記事があります。

昨年からアルウィンさんのお墓も参るようになりました。ご存じのとおりハワイ官約移民の父です。父という表現は正しいのでしょうか。娘で現アルウィン学園創設者ベラ・アルウィンさんがパンフレット「女性編」に記載されています。案内版も「ベラ・アルウィン」の記載のみ。中央を横切る都道沿い、ソメイヨシノの大木の下に眠られているので比較的わかりやすい場所です。(かなり前に東日本大震災で倒壊したという記事を紹介しましたが、きれいに修復されています。ただ、今は落枝の被害に遭いそうで心配です。)

この夏の暑さと続く雨で雑草が。下手をするとお墓を損壊しそうで目立つものを抜くだけに留めました。申し訳ありません。本格的には植木屋さんの腕が必要です。

アメリカ関係ということでジョセフ・ヒコのお墓にもお参りしました。アメリカの船に救助され、通訳として活躍というジョン・万次郎の体験と重なる生涯でした。日本初めての日本語新聞発刊者としても知られています。ボールズさんのお墓の近く、水汲み場のそばにお墓があります。人物と場所がパンフレット「外人墓地編」と一回り大きい「青山霊園」に記載されています。

ジョセフ・ヒコさんのお墓も有志の方々が整備されているという記事を読んだことがあります。

お参り、散策には管理所窓口でパンフレットを頂くことをお勧めします。

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