楽園の涙

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今まで触れてきたジャッド兄弟達について、とりあえずまとめようとすれば、結局、それぞれがそれぞれの仕事、立場で第一次世界大戦、第二次世界大戦の間のハワイで、社会の変動に対峙してきたということになるでしょうか。もちろん、同じ時代に、同じ家庭に育ったのですから、当たり前かもしれませんが。

この兄弟の中でもっともセンセーショナルな形で、この時代、このハワイという土地を象徴する事件に向き合ったのが、これから触れるローレンス・M・ジャッド、Lawrence M.Juddでした。

この事件について触れた書物で、恐らく最も読者の眼に触れられたのが小説「楽園の涙」でしょう。(もちろん、他にもありますが、ハワイに関心ある方向けだったり、今となっては入手困難な書になっていたりするので)

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本書の中では実際に起きた事件をベースに書かれた小説であることには触れられていませんが、読んだ方の多くが、ひょっとしたら実際に起きたのかも・・、と感じられたのではないでしょうか。ただ、問題が有るとすれば、訳者あとがきで松本みどりさんが書かれているように

悲惨な内容もいくらか救われる結末

とも読めるような終わり方になっていることです。エンタテイメントとしては効果的で、僕も史実を頭から避けて読んだときには余韻の残る良いエンディングだと思ったものでした。

しかし、実際は苦く、悍ましいものです。どの時代、どの地域でも有ることでしょうが、正義の女神の天秤は常につり合いが取れているとは限らない、いや、傾いているのが当たり前なのかもしれません。

(本書を読んだ方の多くが、本書に登場するハワイ州知事に良い印象を持たれなかったでしょう。それがこれから取り上げるローレンス・M・ジャッドがモデルとなったキャラクターなのです。)

帯にあるとおり、アメリカではベストセラーになり、ミニシリーズとしてテレビドラマ化されました。

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原作者が脚本を担当したにも関わらず、特に後半は実際の事件とも原作とも違う形になっています。史実と折り合いをつけるためだったのか、約三時間という放映時間に合わせるためだったのか・・・。残念ながら浅海の眼からすると成功作とは言えない仕上がりに。クリス・クリストファーソン、ショーン・ヤング、ホセ・ファーラーという凝った配役だっただけに残念です。

しかし、若い世代の多くがこの小説やドラマから事件を知り衝撃を受けたようです。最後にリンクを張ったJohn Rosaさんの記事をお読みください。

(なぜかこのVHSはイギリスだけで発売されたようで、アメリカでも入手困難でした。今ではAMAZONでDVDが発売され容易に見ることが出来るようになりましたが、テープからダビングしたもののようで画質の評判は良くないようです。僕はそれ以前にebayでVHSを入手しましたが、ご存じのとおりPAL形式のため、観るのに苦労しました。父と一緒に観たのですが、このような事件が有ったということを知らなかった、あるいは忘れていたそうです。事件が起きたときの年齢を考えれば、そうかもしれません。)

この小説とドラマで関心が高まったのに合わせ、ノンフィクションの書籍がリプリントされました。

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THEON WRIGHTの「RAPE IN PARADISE」がそれです。右側がTOWER BOOKの1966年刊行のもののペーパーバック版、左側が1990年にMUTUAL PUBLISHINGから刊行されたものです。後者にはGlen Grantによる紹介文が付されています。(両方の表紙に「ハワイの立州を数十年遅らせた」と有るのに注目ください。)

Glen Grantさんは「楽園の涙」の中の誤記、あるいは作られたキャラクターや正義が勝ったとも思えるような書き方に少しばかり批判的なようです。

右のペーパーバック版では省かれているのですが、MUTUAL PUBLISHING版の「RAPE IN PARADISE」ではニュースソース、関連書目も付されています。裁判記録が有るのは当たり前と思うのですが、ハワイ報知も挙げられており、当時の報道において邦字新聞も大きな役割を果たしていたことを実感させます。

この事件を日本に紹介した書としては古いものでは「ハワイの暗黒」が有ります。

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右は1966年のバンタム・ブックの原著ペーパーバック版。毎日新聞社の「ハワイの暗黒」は1968年刊行で、さすがに訳文が古く感じられます。ジャッド準州知事は「ジャッド総督」に。訳文のせいでしょうか、かなりセンセーショナルに流れる観はありますが、日本語で読めるもっとも長文で詳しい書となります。ただし、いかんせん古い。今はオンラインの古書店を使っても入手が難しく。

今、もっとも入手しやすく、かつ史実に忠実にこの事件について書かれたものを挙げるとすれば、やはりハロラン芙美子さんの「ホノルルからの手紙- 世界をハワイから見る-でしょうか。ただ、それでももう刊行から二十年近く経ってしまいましたね。(この書に有るとおり、英文での関連書は山のように有ります。ここで触れているものはごく一部でしかありません)

アメリカではこの事件についての見直しは続いています。PBSではこの事件をアメリカン・エクスペリエンス・シリーズの一つとして放映

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直前に刊行された二冊の本の著者、 David Stannard氏とCobey Blackさんをフィーチャーして事件を振り返っています。

小説や舞台でもこの事件は題材となり続けています。マックス・アラン・コリンズは実際の未解決事件に一人の私立探偵がからんでいくという「ネイト・ヘラー」シリーズを書き続けていますが、その一つにこの事件を取り上げました。残念ながらこのシリーズの日本紹介は止まっていますが。

Damned in Paradise (Nathan Heller Novels)

舞台にもなっています。

Massie / Kahahawai

Glen Grantさんの文章によれば、他にも「Vanising Shadows」という舞台がこの事件を材料にしているそうです。

最近「立命館大学国際言語文化研究所紀要21巻4号」掲載の物部ひろみさんの「戦間期ハワイにおける多民族性と日系人の「位置」-先住ハワイ人との人種関係における一考察―」を拝読することが出来ました。(無断引用をご容赦ください。)

日系アメリカ人作家による初めて英語で出版された小説がこの事件を契機に書かれたものだそうです。詳しくはぜひ、上記リンクからお読み下さい。

(別に、同じ立命館大学国際言語文化研究所紀要の別の号に記載された小川真和子さんの太平洋戦争中のハワイにおける日系人強制収容―消された過去を追って―」もぜひ、お読み下さい。)

本ブログは無断引用、画像貼り付け、カット&ペーストの嵐で主観がほとんど入っていませんね。反省ばかりです。

最後に、このジャッド元準州知事や、この事件については、ハワイ大学で刊行予定の「Local Story: The Massie-Kahahawai Case and the Culture of History」を待ってから進めたいところですが・・・。もちろん、まだ入手できていません。本事件とこれに派生して生まれた小説、映像、舞台を論考するもののようです。ぜひ、読みたいものです。もちろん、日本語で・・・。

The Massie-Kahahawai Case – by John Rosa

読み返してみると、長文な上に妙に楽しげな調子になっていて我ながらぞっとしました。この事件、本当に悍ましいのです。このようにに書くべきものではありませんでした。

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